インド バラナシ3 路上の兵器

この投稿は1999年から2001年までのバックパックを背負って世界を放浪した話を書いてます

 自分が幼少のころノラ犬はそこかしこにいた だから犬のフンもそこかしこ

一歩手前にあった ノラ犬がよく徘徊していた時代の犬は中型犬が多く

 大型犬はうちの近所は皆無であった

 だから落ちているフンもちっこい物だった

 飼い犬(ペットとは言わない)も中型犬が圧倒的であった ”飼い主のマナー”

というのはまだその頃浸透せず 散歩に連れて行くにせよ フンはそのまま

マーキングのように放置され 刈り入れの終わった田んぼには フンは肥料に

らるからと言って勝手な飼い主の判断でやはり放置された

 うっかりすると見逃すぐらいの小ささだった というのが 災いして ズック靴

踏んでしまったり 秋から冬にかけての田んぼで土遊びをして 間違って

炭の燃えカスみたいなフンを一緒にコネて遊んでしまったことは記憶の

引き出しのすぐ手前にある

 ようは 踏んでしまったり手にもしたものだった、、、、

 インドを旅してノラ犬はそこらにウロチョロしている やはり中型犬が多く

ヨガの修行僧のようにガリガリに痩せていて 子供達によくいじめられていた

そのせいかどの犬も上目遣いに おびえるように見ている犬が多かったが

旅人にはその腹いせなのか 吠えているのをよく見たものだ

 あれだけインドにノラ犬がいたのだから犬のフンは至る所にあったと思うが

記憶に無い ノラ牛のフンの存在があまりにも大きかったからだ

”木は森に隠せ” という まさにそれだ!(か?)

 バラナシの狭い裏路地では 今日もノラ牛が行く手を阻む 

漆黒の瞳が宙を彷徨いながら ユルーいフンをだらしなくボタボタたらしていた

 裸足の少女が行く手を阻む牛を邪険に叩いて追い払い 石畳に広がったフンを

一応よけていく、、、、広い意味で踏んでるよな、、と思いながら大きく跨ぐように

フンをよける

 ノラ牛のあまりにも存在の大きく そしてあまりにもぞんざいにあるフンは

時としてインドにおける兵器だった

 昼間はいい 見えるから 夜が怖い ぞんざいにある上 存在がデカイからだ

 インドはよく停電する ”人口に対して電力量が足りない” とか ”ネズミが電線

を齧るからだ ” とか 諸説あったが 1日のうちによく停電があった 

 夜のとばりが落ちる頃 インドでは電気も落ちる

 裏路地の店で晩飯を食べてる時だった 前触れも無く明かりが落ちた

一瞬で真っ暗になる すぐにいたる所から怒号があちこちから聞こえる

きっとTVではいい場面だったのだろう 暫くすると 周りでは自家発電の

モーター音がドカドカ聞こえる 食堂では各テーブルに ロウソクを出してくれる

薄暗いロウソクの灯りでメシを食べると味覚と嗅覚が敏感になる   

意外に乙な不思議な体験であった

 扇風機が回らない蒸し暑い店を出ると 外は店より涼しい

裏路地を壁に伝ってゆっくり歩く 自家発電のこもれ灯で何とか手元付近は

見える すっかり意識を手元に集中していた 

 で 牛のフンをフンでしまった 

踏んで滑って手が路地に受身の犠牲になる やっぱりだったが

”何か!”が 手のひらに付いた

 サンダル履きの足はくるぶしの下までインドの兵器がベットリ付いたようだった

 土ふまずの内側までベットリ付いたの感触が脳にシャウトする

 ”土踏まず ”なのに時としてフンを踏む

ベットリ ”何か!”が付いた手は怖くて臭いを嗅げない

ゾンビみたいな歩き方で宿に着き サンダルを脱いでバケツに水を汲み

宿の前まで戻って足と手を洗う サンダルはサーフ(洗剤)をふりかけ 丁寧に

洗う そっと嗅いでみる さすが草食動物だけあって その後の臭いは

マイルドだった

 正直言うと インドのトイレ方式(No Paper, by my left hand)は

この時まで数回であった せっかくサトシ(インド カルカッタ2 参照)に

教わってもどうも心の奥底のストッパーをはずすことが出来ずにいた

 それでも 調子のいい日(ユル過ぎない時)試してみた

 トイレ後 ジャブジャブ水をかけ我がケツを洗うも その水がケツから

内モモを経て足首まで伝っていくのがなんとも不快であって 馴染めないで

いた 洗った左手もジッと見ることしばしば

 こんなに手を見ていたのは初めてオッパイを触った次の日以来だった(と思う)

 自分のナニが付くならまだしも 牛のナニが手に付くのは本当にハラタダシイ

 この歳になってもフンを踏んでしまい 手にもしたのだった

 旅のオマメ

  ズック靴………布製でゴム底の靴のこと(すべてが薄かった) 今でいうスニーカー

 調子のいい日(ユル過ぎない時)…..インドにいる間は固いウ○コは出なかった 常に少し ユルかった

2010-05-27 | Posted in ISHIKAWA旅日記Comments Closed