アジア Ⅰ 旅の始まり

 よーく考えなくても そっくり信じてはいけない言葉が 世の中

には数多あるけど その中の1つ『大丈夫なんとかなるよ』がある

結構耳にしてきただろうし口にもしてきたと思う この言葉

耳にする時と口にする時とでは とてもスタンス ベクトルが

違うということだ 口にするときこの言葉に

”もう この会話を打ち切りたい”という ニュアンスが

多かれ少なかれ入っている だから 耳にする時 

”(けっして)大丈夫ではないから(ちょっとは)なんとかしなければ

ならない” ということを汲み取らなければならない

大体は最終的に大丈夫になるし何とかはなるが

何とかしなければならないに 越したことはないのだ

旅のスタートにタイ バンコクを選んだ アジアを旅した友人に

アジアならまずバンコクだよ  と聞いたのでそうしたまでだ

バンコクは旅人に時に人との潤いを与え 時に再びの出会いを

セッティングし 時に互いの情報を交換し 次の目的地への

テンションをくれる      らしい

微笑みの国 タイ 安らぎの都 バンコク

バンコクのカオサンという旅の中継地点というか

旅のエアポケットというか そんなエリアがあるという

カオサンロード及びその周辺には安宿 安メシ 

格安旅行会社などが密集し 各国帰りの旅の猛者から

旬な旅の情報を聞けたりするの にごり目の沈没組から

キラキラ目のフレッシュ組 アジアを旅するいろいろな旅人が

ゴロゴロしているという しかも 生活用品から旅の雑貨 

古本(ガイドブック 小説)から イリーガルなライセンスも

発行してくれたりする場所もあるという

旅の友人にそう聞いた だから 旅の情報も ガイドブックも

生活用品もここでそろえればいいと思い スカスカのバックパック

に気合を入れたつもりで ビーマンバングラディッシュ航空 ××便

に搭乗した

とにかくカオサンだ

『大丈夫 バンコクに行けばなんとかなるよ』

そのままを鵜呑みにして 着いたタイ ドンムアン空港

(現軍事用 2009現在) なんとかイミグレーションを抜け

無事荷物を取り外へ出た ネットリと湿気を含んだ

生暖かい空気に南国の花の香りがトッピング

思わず深呼吸 ああ 外国に来たんだと実感し

ゆっくり 見回し そして思う

ここは どこ?

諸外国の人達が成田国際空港が東京だと思っているのは

どれくらいいるのだろう 東京ディズニーランドが東京には

ない というということをどれだけの人が知っているのだろうか

ここドンムアン空港がバンコクであってバンコクではない

(都会のど真ん中)と思っている人はどれくらいいるのだろうか

『大丈夫 カオサンに行けば何とかなるよ』

いつか聞いた言葉がリフレインする いつか言った友人の

顔がゆがんで渦の中に消える

カオサンどこ?

(情報を)何もたさない 何もひかない じっくりも熟成

されない我が頭に『カオサーン』というフレーズが雑音

に混じって カオサン と我が頭で一致する

全神経を耳に集中させて その単語のみを辿って

着いた場所はどうやらカオサンを通るというバスだった

ヨロヨロオドオド バスを指し『カオサン?』 オドオド聞く

『カオサーン!』 憮然と答える 微笑の国タイ 何処!

初めての民間タイ人との接触に成功して ヨロヨロ バス

に乗り込んだ 車窓から初めて見る タイの風景 

割と看板が多く その看板もスタイリッシュだ

意外に(失礼しました)都会と思いきや 道のちょっと向こうは

すでに夜が暗い 友人同士で乗り込んだ外国人旅行者の

テンションが車中をザワつかせている 車窓に映る自分の

顔は平静を装っているが 明らかにテンパっていた

不安が膨らむたびに肝っ玉が縮んでいく 

安らぎの都バンコク 何処!

それでも着いたカオサンはとっぷり夜もふけころだった

イシカワ on the カオサーン!  で 宿どこ?

初めての土地に夜 着くというのはかなりなハイリスク

だと思う 暗くて街の全貌が伺えないし ちょっとした

暗い奥の細道はグルグル邪悪なスパイラルオーラが

見えた (ような気がする) まして バックパックを

背負った様は 動く全財産ジャパンマネー

カモがネギ背負ってやってくる よろしく(日本人)ピカピカ

のバックパックと背負ってウロウロしている姿は ゲイ専門

のヌーディストビーチに四つんばいになって歩くのと同じ位

カモ—ンな風景に思う 

とにかく宿 手当たりしだいではなく 最初に目についた

宿に駆け込み「徹子の部屋」よりはましと思い 部屋も

確認せずチェックイン 案内された部屋は

トイレ無し シャワー無し 窓も無し 反超反発ベッドと

扇風機 約4畳半の全面緑の部屋だった(1泊250バーツ)

入ったことはないが マイルドな収容所といったとこだろうか

ベッドに寝転がり『大丈夫だった 何とかなった』

と思うようにしたのは 旅の1日目が2日目の何時間

かが過ぎたときだった

   旅のオマメ

          沈没………..バックパッカー用語 その土地に何するわけでもなくずーっとそこにいすわること 最低2ヶ月くらい

   イリーガルなライセンス…….ここで国際学生証を作ってもらいました BAKADA university と書いてもらいました

2010-01-25 | Posted in ISHIKAWA旅日記Comments Closed