インド バラナシ1 バラナシへ

 この投稿は1999年から2001年までのバックパックを背負って世界を放浪した話を書いてます

 バラナシ行きの列車はゆっくり北東へと目指していた

UPPER席が取れずLOWER席(予約席)に座るもMIDDLEの席の

我儘なオッサンが早々MIDDLEのベッドを作ってしまいLOWERの席は

腰を極端に曲げなければならないという なんとも窮屈な姿勢であった

(インド ダージリン1 旅のオマメ 参照)

 文句を言ってもMIDDLEのオッサンはヘラヘラして一向に聞く耳を

持たない 周りのインド人も何も言わないままだった この全然

ナイスミドルじゃないMIDDLEのオッサンに腹を立てながらも腰を

滑らせて天井の低い席で暫く過ごすことになった 不思議なのだが

MIDのオッサンが既にベッドを作ったわけだからこの席(シート)

には自分1人ということになると思うのだが何故か今この天井の

低い席にインドの子供2人が一緒にすまして座っている、、、 

 列車は時に恐ろしくゆっくりインドの大地を進む

 何も無かった黄土色の平地に綺麗な色の服を着た女性が1人

カラカラの土地に何かを蒔いている クジャク(たぶん)が舞い降り

女性の蒔いた後をついばんでいく、、、、 なんとも牧歌的な風景だった

 相変わらずインドに降る太陽光線は土砂降りだ

 ゆっくり進む列車に物売りが現れる ありがたいのはよ~く冷えた

紙パックのマンゴージュース(150ml)2個買いもまだ飲み足りない

 列車は車両間に通路が無い為物売り達は次の停車まで乗り込んだ

車両を何往復してセールスをすることになる

 ♪チャーイ チャイチャイ チャーイチャイチャイ コピコピ♪♪

 (チャーイ~のとこは築地のセリ風に喉を絞るように声を出し

 コピコピで一気に喉の力を抜けさせ5オクターブ音階をあげる)

独特の言い回しで(そう聞こえた)チャイ屋(コピはコーヒー)が

行ったり来たりしている 

 長距離を走る列車に食べ物や飲み物には購買意欲が高まるが

サンダル売り 電池売り 延長コード売りなんてのも停車ごと

乗り込んでくる 誰がこんなときに買うのだろう、、、とインドの不思議が

1つ又1つとインドの人口並に増えていく それでも乗客のオッチャンが

ベルトを買っていた 物売りは車両内を何往復もしているので大量の

ベルトを両腕に下げた物売りがオッチャンの横を通り過ぎる度に

” もう1つどうか ”と聞いていた (今思うと買うという行為は喜捨に

なるのか?)

 陽が落ち月が上がるとやっと周りの席でもMIDのシートのベッドを

作り始めた 一緒に座っていた子供達はどうするのであろう、、しかし

”じゃっ そういうことで”風に手刀を切るジェスチャーで子供達を

やんわり追い払い席に横たわる 心地よい揺れに昼間の暑さも

あってグッタリグッスリ寝てしまった、、、、どのくらい寝たのだろう

人肌の温かさで目が覚めると 何故か狭い我がシートにさっきの

子供達が自分と添い寝している 何故? 見渡すと通路やシートの床

にも人が寝ている うっすら思っていたのだがシート数に対して

乗客人数がかなり上回っていた 不憫に思い LOWの席は 

こういうものなのか?とも思い そのまま子供達と『川の字』には

あまりにも川幅の狭い状態で再び寝る インドの子供(推定5歳)

の寝顔もかわいいもんだ(もう1人は結構な兄ちゃんだった推定15歳)

 陽が東に上がっても南に上がっても列車は進む

 我がヘインズの肩口と首周りが汚れでくすみ始めた頃バラナシ駅に

着いた 26時間の旅 時刻は16時チョット前 到着予定時刻より

ずっと経っていた 腰が痛くケツは既に感覚が無くなっていた

伸びをしながら駅を出ると ”待ってました ” とばかりに

リキシャワーラーがワラワラよって来る 宿街に行くには少し距離が

あるようだった が 固まったひざを動かしたく歩いて宿を目指すことに

した 街は車とオートリキシャーの質の悪いガソリンから吐き出される

排気ガスと無駄に鳴らす妙に甲高いクラクションの騒音と人々の吐き出す

Co2と怒号というインドの見慣れた光景の中を進む ここはインド有数の

聖地という所なので インド各方面から巡礼に来る人も多い それに

混じってエセインド人の格好をした外国人やバックパックを背負った

バックパッカーからポーチをさげたツアー旅行者達まで点々といる

 ビニールハウスの中のような暑さと騒音と怒号が渦を巻き

朦朧として歩いて来たことに後悔し始めた頃 何かを焚いた香の

ような匂いが鼻にツンとしてくる 路地売りの野菜をハんでいるノラ牛

の背中越しに河が見える

 ガンガーだ!!(ガンジス河)

 手動のくみ上げ式ポンプの井戸があり顔を洗い サンダルごと足を

洗う 目の前の階段を降りるとガンガーが一望できる 

チャイ色(ミルクティー)のガンガーを夕陽がオレンジ色に反射させている

 バックパックを背負ったまま仁王立ちでガンガーを望む 

 感動だったかといえば不思議な気分が最初だった 今ここにいること

が不思議だった 『兼高かおる 世界の旅』から始まった ボンヤリとした

旅の憧れは時を経て 藤原新也 沢木耕太郎の本などに触れハッキリとした

旅への憧れになり ブラウン管の中や写真からしか見たことの無い

風景を 今こうして直に見ていることの自分にとても不思議だった

 今までの旅の日々を回想してさまざまな思いをガンガーの流れに

沿って感動がジワジワ湧いてくる 階段に腰掛け 旅に酔っ払っていた

、、、、のも束の間 バックパックを背負っているので 宿の客引きの

子供達がワラワラよって来る ついでにハガキ売りや神様の人形売りも

ワラワラよってくる この中に ”モケ ”はいるのだろうか?

旅以前に観たTV版『深夜特急 ‘97 西へ!ユーラシア編』の

バラナシ(TVではベナレスといっていた)で主役の大沢たかおに

”カミサマ カウカ?(神様 買うか?)”としつこくセールスしていた

人形売りのモケを思い出す 

 気持ちよく旅に酩酊していたかったが あしらってもあしらっても

しつこい子供達で一気に醒める 追い払い宿を目指す 宿は旅人から

聞いていた宿に決めていた 追っ払いながらもそれでも付いてくる

子供達は今度は勝手に宿までをガイドする

 頭から灰をあび額に白い3本線を引いたサドゥーが目を真っ赤にしながら

こちらを見ている フンドシ一丁で沐浴するジイさんの横でオジサンが沐浴

ついでにガンガーの水で歯を磨きゆすいでいる サリーを着たままのバアさん

の少し離れた所でオバサンがガンガーで鍋や皿を洗っている 子供達は

河遊びに夢中で青年達はクリケットに歓声を上げている

 宿はバックパッカー伝説の宿『久美子ハウス』 の隣の

『ヴィシュヌゲストハウス』 部屋は日本人専用のドミトリーに空きが

あるということなのですんなりチェックイン ベッドの下に貴重品入れ

がある(自分の持ってる鍵で施錠する) 日本人専用の部屋なので

盗難の恐れは心配ないハラマキ型の貴重品入れもここに入れておけば

良いだろう ここは暫くの間長くなりそうだった

 旅のオマメ

 兼高かおる世界の旅…… 日曜日の朝やっていた 旅番組 聞き手 芥川隆行 兼高かおるの上品な語り口に子供心ながら感心していた

 藤原新也……写真家 作家 代表作『印度放浪』など

 沢木耕太郎…..作家 代表作『深夜特急』など

 深夜特急…..バスでユーラシア大陸を横断する話 TVでは‘96‘97‘98と三部作

 モケ…….深夜特急番組制作側からギャラでどっかでお土産屋を始めた などの旅伝説あり

 クリケット….. 野球っぽいスポーツ 投げたワンバンの球を打つ 事しか分からなかった インドやパキスタンではメジャーなスポーツ

 久美子ハウス…..久美子さんがやっているバックパッカーおなじみの宿 賛否両論すぎる宿

2010-05-03 | Posted in ISHIKAWA旅日記Comments Closed