ISHIKAWA旅日記
旅日記 Next Door 2 バリ島①
ここでの話はチョットした旅の話を綴っています
エッチとスケベだと同じ様で違う
可愛い人と綺麗な人とではクラスは違うが偏差値は同じだ
イケメンと二枚目だと優秀な伝統校の現役とOBの間柄
これはザックリとした自分のカテゴリーの一例
旅行と旅も同じ様で違う 私立の進学校ではあるが スポーツ推薦枠のクラスがある そんな風だ
勿論 進学組が旅行で スポーツ推薦組が旅だ 似て非なるもの
そもそも旅行は「行く」もので 旅は「出る」もの
なので時間の束縛が違う
旅行はスーツケースを引いて行き 旅はバックパックを背負って出るもの
なので行動のフットワークが違う
旅行は出来るだけ他人が不便を取り除いたもので楽しみ 旅は少しでも自分が不便を取り除きながら愉しむもの
なので経済的なものが違う
すなわち 旅行は苦労を出来るだけ省いて 旅は苦労を買って出るかだ(個人の見解です)
今だに「旅」というものに心がうずく
この歳になっても(40オーバー)旅への想いは尽きる事は無い
齢を重ねそろそろ優雅な旅行を、、、
と思うがついつい旅っぽい事をしてしまう
悪い男ばかり付き合ってしまう女性に似てなくもない
何故?と問われれば
「好きになっちゃったんだから仕方ないじゃない(逆ギレ風で)」
、、、だ
パラパラめくった雑誌の中の景色を見た時
すれ違った外国人同志の言葉を耳にした時
エスニック料理屋を素通りした時、、
etc.etc…
いつも日常とオーバーラップさせるのは旅をしていた時のヒリヒリした毎日だった
先日4/8〜12日まで店の旅行でバリ島へいって来た バリ島といえばリゾート
宿泊先はバリ島1番の繁華街の中に有り
ホテル内にはプールがあるという
ここの近くに有名なビーチがあり ショッピングが楽しそうな店が軒を連ね エステやマッサージも充実 夜はクラブも多く 旅行者を飽きさせる事は無い
旅行らしく リゾートらしく全ての毛穴がダラ〜と広がるぐらい 全ての皮膚がビロ〜と伸びるぐらいドップリ浸かればいい、、、、、、が、、、
スポーツ推薦枠の魂がシャウトする
違うだろう⁉ と それでいいのか⁉ と
、、、
フカフカのベッドにダイブし香りのいいリネンを吸い込むのもいいが
きしむベッドに横たわり外から漏れる喧騒のリズムに身を任すのも良いのではないか?
ホテルのプールで汗をかいたグラスを傾けて飲むカクテルもオシャレであろうが 人のいない海で砂のついたビールをあおるからこそ最高なのではないか⁉
、、、
シャウトのこだまが伸びかけた毛穴や皮膚を引き締めてくれる
と言う訳でチャンディダサと言う処まで行って来た
VOLUMEの旅行は基本「個々の自主性に任す」というスタンスなので チョット1泊して来ますと バリ島に着いた翌日早々バスに乗って出発した
揺れるバスに先程のバイクタクシーの兄ちゃんの事を思い出していた、、、
バス停までバイクに乗って来たのだが
バイクの後ろに乗る時 手はどこに置くのだろうか? 我がケツの後ろで掴んでいたのだがバイクの兄ちゃんが肩に掴まれ という 肩に掴まると やおら 我が手をとり兄ちゃんのポールポジションと言うかサイドブレーキと言うか そこに我が手を持っていこうとする
兄ちゃんはゲイであった
揺れるバスの中 これからの旅の波乱を暗示しているかの様で少々の不安がよぎっていた
もともとバスには数人しか乗っていなかったが パダンパイという村でワゴンに乗り換えた時は自分1人になってしまった 要は マイナーな処なのだろうか
旅っぽくなってきた!ゲイの兄ちゃんのわだかまりが解けて行く
チャンディダサに着くと海岸に沿った一本道の小さな村だった
目の前は岩場の海
黒い! 第一印象だ
波が荒い‼ 第ニ印象だ
岩が焦げた様に黒い この一帯の海岸は黒いらしい
さて これから どうやって行こうか?
目的の場所は更にここから5〜6㎞先だ
いざとなったら海岸線を伝って行けばいいかも?と思っていたがとてもそんなホスピタリティのある地形では無かった
旅行者にとってバリ島の主な交通機関のベースはタクシーや車をチャーターして目的地まで行く
バスも走っているが主要都市を結ぶだけで全土をくまなく網羅しているものは無い
ベモという一定区間を走っている乗りあいワゴンがあるがその見分けがつかない
海岸線に沿ってのびる道にタクシーが通る気配が無い
さてこれからのどうしたものかと悩んでいる時だった、、、
バリ島②へ続く
旅日記 Next Door 1 シンガポール
ここでの話はチョットした旅の話を綴っています
先日4/8〜4/12まで店の研修旅行でバリ島に行って来た シンガポール経由で「行き」はシンガポールに4時間のトランジットがあった為日程表を見た時からウズウズしていた
シンガポールの街に行ける
4時間といっても出国 入国 セキュリティチェックを抜いて街をブーラブラするのは実質3時間とよんでいた それでも街に行ける そうもよんでいた
3時間….ピンクレディーが最も忙しかった時の睡眠時間 新幹線東京ー神戸間の移動時間 VOLUMEでカットしてブリーチしてから派手なカラーリングをする時間….長い様な短い様な、、、
で 街に出ようと思う
シンガポール チャンギ空港に予定より30分程遅れて到着、、、
ピンクレディーは叩き起こされ 東京ー京都間となり カットと普通のカラーリングの時間しか無くなってしまった
少し焦ってはいたが出国し両替しタイマーを2時間とセットする(帰りのタクシーの時間は抜く)
タクシーでかっ飛ばしてもらった先は
マーライオン公園
マーライオンは世界三大ガッカリの1つと旅人からよくそんな話を聞いていたが逆に興味をそそる
三大ガッカリの事前情報で期待のバーは低くデフォルトされていた為
マーライオンが大きく立派に見える
少なくとも自分はそう思う

マーライオンが水を吐き出す先に
マリーナベイサンズが更に立派にそびえている

想像以上にデカイ 船の形をしたスカイガーデンに目がいくがその下のホテル3棟の形が何というか、、、不思議だ
すべて形が真っ直ぐで無い
船首に向かってややせり上がっている為 棟の高さも違う 上から船が落ちて来てホテルの棟が少しくじいた様に見える

興奮にテンションが騰がり体温が上がる そう 兎に角蒸し暑い
薄ら寒い東京からそのままの格好はTシャツの下にロングTシャツ 短パンの下にレギンス 更に不快指数が上がる
ここはシンガポールの中でも都会の為うっかり裸になる事もままならない
そのままホーカーズへ行く
タクシーを止めようとするが一向に止まらない 地図だと1kmぐらいなので歩く事にする
ロングTシャツとレギンスが体温を更に上昇させる
ホーカーズはアーケード内の大きな屋台村みたいな処だ ここにアジア一帯の屋台が連なっている 今までのアジアと違い屋台といえども綺麗だ
デパートの屋上の食堂や高速のサービスエリアの様
ここでやっとビールで一息

噴き出す汗はピッチピチのロングTシャツが吸い取っていく、、、不快だ
ビールを飲みながら次なる目的地を地図でなぞりタイマーを見るとタクシーしか選択の余地はない
タクシーが走ってそうな大きな通りで手を上げても捕まらない 焦り始めた時
1人のおっちゃんが「タクシーはタクシー乗り場でなければ止まらない」
と 教えてくれる どうやらシンガポールではそういう事らしい、、、
教えられた乗り場でやっと拾い 発音に苦戦しながらも無事到着
真っ白いターバンに真っ白い制服を着たガタイのいいインド系のおっちゃんがドアを開けてくれるのを神妙な面持ちで降りるとそこはサマセット・モームが宿泊し シンガポールスリングの発祥の地
外観を眺め「月と六ペンス」を想い(忘れたけど) シンガポールスリングを想う(ここ10年は飲んで無いけど)
ラッフルズホテルはそんな大きくない
箱根の富士屋ホテルの様だ
このホテルの裏側に今回の旅の最終目的がある「シンガポールチキンライスを喰う」だ
シンガポールチキンライス(海南鶏飯)…
鶏肉から取った出汁で炊いたご飯の上に茹でた鶏肉がのっかたメシだ タイではカオマンガイ、、、これを食べたかった 大好物だ
この辺りはチキンライス屋が沢山有るらしく何軒かピックアップしていた
早速目星を付けていた1軒に入る
早速頂く 鶏肉はシットリ柔らかい 頬張るとチョイチョイ小骨が邪魔だがやはり旨い!

タイマーを確認すると時間はまだ余裕 腹もまだまだ余裕 なのでもう1軒ハシゴ
アジアのメシは少ない こういう時は嬉しい

さっきの処と味の差異はなく充分我がバカ舌を満足させる味だ 旨い‼
地図の行くべき処は全てチェックした
これから街をブーラブラしてもこの辺りは旅行者の目を刺激する様な処は無いらしい 昼から開いているバーが有りシンガポールスリング! と思ったが
刻一刻と時は刻まれセットしたタイマーは着々と終了の時間へと進んでいく
少し早いが帰ろうとタクシー乗り場を探すと“120m先” との看板 これで余裕
と道を沿って行くと左右二手に分かれてある このどちらかの方向4〜50m先にタクシー乗り場がある 迷って左へ進む 進む、、、進む、、充分100mは歩いた
タクシー乗り場は無い どうやら反対にあったようだが 引き返すのも癪に触ったのでそのまま直進 進む 進む、、、、進む、、、次なる乗り場があるはず
、、、であった、、、が歩けども歩けども乗り場が見当たらない 進む 進む
進む、、、
もはや引き返す時間が厳しい処まで来てしまった
体温が上がるも噴き出す汗はねっとりした汗に変わる 手に持っている地図は汗でヨレヨレになり大まかなアウトラインしか分からない
そしてタイマー終了のアラームがけたたましく鳴る
歩くとキュッキュッと音がしそうな位我がケツにも汗が出る
これは、、、本当に、、、ヤバい、、かも?
道端でたむろしている人達にタクシー乗り場を聞くと 逡巡した挙句 やっとタクシー乗り場発見!
幸いすぐタクシーは来てくれた、、、
のだが 渋滞、、、
やっと動き始めたら目の前で赤信号
、、、
足は32ビートを刻む
クーラーの中持っていた地図は太古の宝の地図の様にボロボロだ
渋滞を抜け高速に入ると運ちゃんは無言でかっ飛ばしてくれる ホッと一息も束の間 空港まであと少しという処で4車線あった道路が急に渋滞、、、
ノロノロ進むタクシーの中 我がケツはオイルを塗った様でケツ拓(魚拓)が綺麗に取れそうな位だ 渋滞の原因は事故であった
大破した車を横目に再びタクシーはかっ飛ばす
無事空港到着 出発25分前
シンガポールに3時間半トランジットのある方 シンガポールの街をブーラブラしてはいかがでしょう?
旅のオマケ
中国 カイラス巡礼10 バター茶 イトウさんアンサーブログ
この投稿は1999年から2001年までをバックパックを背負って世界を放浪した話を書いています
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バター茶を皆さんはご存知だろうか?!
バター茶とは 雲南地方のタン茶の茶葉にバター(ヤクという牛から作ったバター)と塩を入れ
「ドンモ」という 筒状の攪拌器で攪拌したお茶のことだ
B.T(before 旅)チベットを特集するテレビを観てはブラウン管の向こう側のチベットに
想いを馳せていた
浜口京子にアニマル浜口というように 徳光和夫に涙というように
チベットの番組に五体投地とバター茶はデフォルトであって バター茶の
ことは以前から知っていた
そのバター茶(もどき)を2013年冬 我が厨房で作ってみた 茶葉は
ウーロン茶葉を使いバターは雪印無塩バターにヒマラヤの岩塩 ミキサーで攪拌
今 目の前(2013 冬)の立ち上る湯気に乗せて過去のさまざまなチベットを
思い出している そして 飲む 不味い、、、、、
、、、、
昨日違うトラックに乗り換え我々和製ホール&オーツは格段変わった
こともなく相変わらず我が尻を躍らせるばかりであった
日の出前に出発し 内モモに手を突っ込みゴシゴシするも 冷え切った
体ほ何処も彼処も暖かくならない 暫くすると 日が昇りトラックの窓から
景色の全貌が見えてくる 平地にトラックの轍の道がウネウネ延びるばかりで
取り囲む山々に緑が一片も見当たらない岩山 細かいディテールは置いといて
大まかなアウトラインはほぼ昨日と変わらない、、、
轍の周りに所々地を這うように 勢いと潤いの無い緑が這い蹲り 標高の高さを
ボンヤリだが伺わせる こんな荒涼とした大自然の土地ではあるが ビックリ!
電柱が一定の間隔で立てられている この電柱を辿っていけばラサ(チベットの都)
にも北京(中国の首都)にも行けるのだ、、中国の人海戦術に畏怖の念を抱き あきれもする
暫くトラックは進み 狼煙(のろし)のような煙が上がっているところで停車 トラックの
運ちゃんの仲間が焚き火をしていた ここで野宿していたよう テントというより
商店街の祭りの運営事務みたいなテントをこのあたりの緑のように低くした というような
造りのテント ここで朝飯のようだ お湯を分けてもらいこの旅に日本から持ってきた
インスタントの味噌汁を飲む 暖かい味噌汁が喉を通り 胃がジンワリ温まっていく
トラックの運ちゃんにも日本の食の文化とテクノロジーを知って貰いたかったのだが
大事に使ってきた味噌汁だったので 我々2人だけで頂く 寒さで無口な我々であったが
焚き火と味噌汁で体が温まってくると ヒゲのイトウさんが「放射冷却やな、、」
とポツリ ホウシャレイキャク? 言葉を知らない残念な我がオーツを察してか
放射冷却とは、、とヒゲのホールが教えてくれる なるほど だから こんなに
寒いのかと雲1つ無い空を見上げて思う 放射冷却 なんかの時に言おうとも思う
トラックは進み とある村で昼飯となった
イトウさんが 「チベットや!」とファインダー越しに静かに興奮している
頭の後ろから青い炎がメラメラ立ち昇っている……..ように見えなくも無い
そして とあるチベット人宅に招き入れられた 円形の移動用テント パオだ
中にはお父さんと呼ぶにはやぶさかであるような 無いような推定30~70才の
オッちゃんとその娘なのか孫なのか まさか奥さんなのかムスメさん推定
18~ 23才が居る どのような家族構成なのかは判らない
パオの中は広さ8畳一間ぐらいで中心に暖房 周りにソファ兼ベッドが配置されている
見上げると毛沢東の写真が飾ってある キョロキョロしていると ムスメさんが
飲み物を出してくれた そう!バター茶だ!!
このバター茶に我々は興奮し又一抹の不安も一緒にトラックの粉塵のように舞い起こる
人の味覚はそれぞれだがB.T(before 旅)ブラウン管を通してチベットを旅する日本人達
はバター茶の味を説明しても味を絶賛する人は記憶に無い 飲むより 啜る光景を見ては
ゴクリと喉を鳴らす事は無くとも 興味はあった 期待の興味というより やっぱり↓、、
という興味だ 恐る恐る匂いを嗅いだらやっぱり臭かった、、、という心境に似ている
バター茶を口に湿らすようにゆっくり啜る バターという割には油分は感じなく
バターの香りをいうより獣臭が少々する 塩味が効いているが 全体としては
薄味 茶葉の苦味や渋みも感じない 茶というよりスープに近い
しみじみ頂く 滋養に効くといったていのチビチビした飲み方だ 飲み干すと
次から次に注がれる、、、という前情報もあってゆっくり啜っていたが
もう一杯どうだ?!というオッちゃんの申し出を我々お互いやんわり断り
イトウさんは2人の写真を撮ることに夢中だ 頭の後ろから青い火柱が舞い上がって
、、、、、いる様に見える 自分もポラロイドを持っていたので2人を撮る 出来上がった
写真を渡すとオッちゃんは耳からピーっと蒸気が出て、、、、いるように見え
ムスメさんは はにかんでポっと顔を赤らめ、、、、、、たような気がした
なんだかすっかりこちらも気をよくして ダラムサラで大量買いしたダライラマ
グッズの中から写真を渡す ”ダライラマ” ”ダライラマ”と言っても
オッちゃんは言葉とも呻き声ともとれる声で おでこにその写真をピチャピチャ
叩いていた、、、
この時はまったく気にしていなかったのだが 中国に住むチベット人達はダライラマの
写真を持つことは犯罪だった もし 家にダライラマの写真が毛沢東のように飾ってあったり
持っているのが判れば捕まるらしい そんなことを知らずにムスメさんやオッちゃんに
写真をあげていたアホさ加減に今更ながら自分に腹が立つ
放射冷却といい 中国におけるチベット事情といい自分は知らないことばかりだ、、
バター茶以上に自分はマズイと思う
旅のオマメ
徳光和夫に涙…..ここ最近では 徳光にミッツ もある
ミキサーで攪拌……沸騰したお茶を攪拌すると吹き出るので注意してください、、、、
五体投地……..全身全霊を投げ出し身(体)口(言葉)意(心)のすべてによって仏法への帰依を示す祈りの仕方 地面で水泳をやっているように見える
中国におけるチベット事情…..チベットの独立運動や反体制運動があるので ダライラマの写真やチベット国旗を持つことまた外国人がFREE TIBET とプリントされたTシャツを着ても犯罪にあたるらしい 外国人は国外退去だが 中国に住むチベット人の受ける罰は政治犯とされる ちなみにチベットは投獄されている政治犯の数は世界屈指
中国 カイラス巡礼 9 一喜十憂
この投稿は1999年から2001年までをバックパックを背負って世界を放浪した話を書いています
人生初のヒッチハイクに乗り込んだ時はそれはそれは心が躍ったものだったが
ただただ今はトラックの振動で我が尻を躍らせるばかり、、、、、
前日夕方にヒッチハイクに成功し(イトウさんが)真っ暗の中 体温を
奪っていく雪女のような布団の中で一泊し まだ陽も昇るうちに出発し
車内起きたり寝たりを繰り返し2日目を向かえていた
なんてったて 暇である、、、、
このトラックに同乗するまでヒッチハイクといえば、、、、、
ドライバーとのコミュニケーションに言葉の万里の長城に四苦八苦しながらも
フっとドライバーのフロントガラスには奥さんと子供らしき色あせた写真、、
それを綺麗だ!可愛い!!などとチャカすと照れるドライバー すると彼の
ポケットから”これでも 齧ってろよ!”と渡されるのは赤いリンゴ
急に肩でハンドルを小刻みにきりながら片言の日本語でアリガト、、
こちらもなんだか急に照れて齧ったリンゴは少しだけすっぱい、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、妄想
今 トラックの助手席でヒゲのイトウさんと自分はただただ黙って
前を見ていたりうつらうつらしたりすっかりこのトラックの縦揺れの
波長にもシンクロしつつあり トラックの運ちゃんは黙々と運転を続けている、、
インドやパキスタンでのベッチャリと舐めるような視線や友達でも何でも無い
のにMy Friend!(Rの発音がきつい)とパーソナルスペースがまったく無い
スキンシップが中国に入ってからほとんど無くなった 中国に入って人との摩擦が極端に
減った このトラックの運ちゃんも我々和製ホール&オーツに話しかける事
も無く食べ物をくれる事も無く時折パワステなどなさそうなハンドルを切る時
大げさに唸り声をあげる時以外黙々と運転をしている
暇だ そして 寒い、、、、どうやら標高が富士山を越えたらしい
そう聞くと急に頭が痛くなるようで不思議だ 寒いとメンタルに効いて
ネガティブに働く事が多い ひたすら荒野を走っていくと急に集落が見えてくる
ここに住んでいる人達を思うと何だかやりきれない気持ちになりネガティブは
トラックのスピードより加速していく、、、どうやらここでメシのようであった
トラックを降り伸びをしながら集落を見渡すと小中学校のころのライン引きの
石灰を全体に撒いたように粉っぽい 何だか集落全体がボヤ~と見える
もしここで生まれ育ったら娯楽は何だろうとネガティブは深いタメ息と
共に沈んでいく、、、、、、、
埃っぽい食堂でメシを喰らう 埃っぽくあろうが薄暗くあろうが
暖かいメシというのは寒いのとは逆に人の心を和ませる
腹も満たされなんだかポジティブになって周りを見渡すと
ここの集落の人達も頑張っているのだな、、と希望の目でみているから
また不思議だ
そんな心が穏やかになったのにいざ出発となると トラックを乗り換えろ
との事 乗っていたトラックも疲労困憊しているのがパっと見のアウトラインで
ジャッジできるがどうやらエンジンがとうとう逝かれたらしい
今まで見てきたアジアの車のほとんどが自分たちで直していた 部品は廃車に
なったところから頂戴してくるのでフランケンシュタインのような車や
もはや骨組みしかないガイコツみたいな車を見てきたが ここも然り
もし何も無い荒野でトラックが故障していたら、、、、
と思いゾっとし まあ不幸中の幸いだなと まだこの時は思うのだった
一喜十憂の旅がゆっくり動き出していた
旅のオマメ
Rの発音がきつい……No.1をナンバルワンだったり Tigerをタイガルだったり、、、
パワステ……..パワーステァリング 車のハンドル操舵をサポートする装置
小中学校のころのライン引き…….昔のグラウンドにはコースを石灰で引いていた 体育係や部活の後輩がやっていた なお石灰がある部屋も常設していた
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中国 カイラス巡礼 8 ヒッチハイク
この投稿は1999年から2001年までをバックパックを背負って世界を放浪した話を書いています
飛行機でその国へ行く時たまに夜の着陸だったりする 夜の不安にピリピリしていると
着陸時に見えてくるオレンジ色の街の灯りにそこに暮らす人々を想い 地上から
この飛行機の明りを見ている人はいるのだろうか、、、と想うと急に旅の期待にワクワク
しはじめる 幼少のころ低空を飛ぶヘリコプターや飛行機に手を振って
”おーい お土産買ってきてねー!!” と上空に叫んでいたことを思い出す
空の旅に慣れていないせいか夜の着陸の度にフト想いジンワリ思い出す
夜の移動に旅情を強く感じる
バスや電車もそうだ 日本の道は良い 乗り物に身を任せていても 我がケツが
浮くぐらいの揺れは滅多に無いが シンと静かな夜の車窓に写る自分を見て
何処かに行ってしまいたい、、という衝動に駆られ胸を掻き立てるほどの
郷愁の想いはカイラス巡礼のヒッチハイクのことから始まる
カシュガルからイェチェンという街まで 更にそこからアーバンまで行く。。。
というのをイトウさんから聞いて 『なるほど!』と答え ”そうなんだ、、”と思い
『了解』と答え ”そのあとは どうするんだっけ、、?”と思う
カイラス巡礼するというのに 我が奥行きの無い頭には[カイラス→ラサ]という
ボンヤリの括りしかなく その前後の事がこのとき未だあやふやなままでいた
(持っているガイドブックにはカイラスまでの事がちゃんと載っていたのだったが、、)
ハワイで買い物しようとするのに成田までどうやって行くのか解らないのギャルに似ている
イトウさんの体調が回復しつつあるので ケツに力を込めてもらって出発となった
イトウさんとしては不GUY無い自分(イシカワ)の気が変わらん内に、、と
焦っていたようだったが こちらとしてはもうすでに心に「カイラス入域」
のチケットを折ったり伸ばしたりしていたので気が変わって何処かに行こう!
とは全く思っていなかった
今(2012)こうしてアンサーブログで当時のカイラス巡礼を繰り返し振り返りして
知ったのだがイトウさんが焦ったりビビッたりしていたとは当時全く知らなかった そう
『長旅の~ ブラリふらりをする人は~ 肝が据わってる 我思いけり~ 』
当時の心境を詠ってみた なのでイトウさんでもカイラスへは心配だったんだな
、、と今更に思う
シルクロードの中継地 カシュガルからイェチェン更にアーバンまでの6時間程
道すがら揺れるバスに砂埃で車窓からの景色が拝めない窓ガラスに頭を打ちつけて
目を覚ますとイトウさんは「ガイドブックからの抜粋をコピーしたもの」を見て
これからのルートやらなんやらを確認しているその姿は今になって思うと
つぶらな瞳は今まで見てきたことが無いような真剣な眼差しで眉間の
縦に入るシワは深く深く入っていた、、、、、様に思えてくるし
バスに公安(警察)が乗り込んでくると ”公安と目を合わさず下を向いて!!”
の指示が中尾彬ぐらいのリズム&トーンからユースケサンタマリアぐらいに
思えてくるから勝手なもんだ 結局アクシデントも無くアーバンに到着
アーバンからアリという西チベット中心の街まで行きそこからカイラス巡礼
のベースとなるタルチェンまで行く 今までのバックパッカー達が作ってくれた
ルートを行く アーバンから先は公営のバスは無く 又民間人達がドライブに
行くような処でもない為 何かを運搬するトラックをヒッチハイクするというのが
唯一の交通手段 ヒッチといってもお金を払い乗せた運ちゃんの小遣い(結構な額)
になるので市場は開けているかといえば 決してそうでもない ここから先
外国人未開放地区といって 外国人立ち入り禁止の為 もし この先公安に
見つかれば 乗せた運ちゃんは罰金 入った外国人は即退場となる
意外にハイリターンだけどハイリスクなのだ それでもトラックは
見つかる!と思っていた 根拠は 無い ただ首に巻いていた
ダライラマ14世からの赤いヒモに手を触れると なんだか大丈夫! と
思ってしまっていた アーバンに着いた時刻ではすでに夕方だったが
まだまだ陽は高く日中の暑さの余韻を引きずっていたので アイスが旨い!!
どうやらイトウさんはそれ処ではなかったかもしれないが そそるアイスに
邪険な態度は出来なかったのだ 南北に伸びる道にアイスをしゃぶる2人の
影も次第に伸びていく アイスを食べ終わり 舌の余韻が無くなった頃 トラック
が忽然 というか突然やってきた イトウさんは待ったました!とばかり 停車させ
トラックの運ちゃんに 値段交渉だの アリまで行きたいだのを矢継ぎ早に言っている
で 自分はというとそのやり取りをただ遠くから見ているだけの役立たずだった
結局 交渉の甲斐も無くトラックは行ってしまう さらに陽が傾いていった1時間
程だろうかトラック再び 停車したトラックにイトウさんは突っ込んでいき 自分は
ココゾとばかり荷物番をする ここで自分が唯一覚えた『我是日本人』を連呼しても
なんの交渉の糸口にならないし事態は悪化するだけだろうと 再び静観、、、
しながら外国人を見つけると『This is a pen ! 』 『This is a pen !! 』と
連呼していた幼少の頃を思い出し笑っていた 必死にトラックを探し
交渉してくれたのに すまない気持ちが今更に思う
交渉の末ヒッチ成功 !! 2人して助手席に乗り込む 左ハンドル
の為右側に乗る景色が新鮮だ こうしてヒッチハイクの旅が始まった
旅のオマメ
ヘリコプターや飛行機に手を振って~ …….昭和50年最初までの子供だったらやった記憶があるはず
ラサ……チベット最大の都
アイス……中国の袋入りのアイスは旨い
『This is a pen ! 』 …..元ドリフターズ 荒井注(脱退後 志村けんが入る) の鉄板ギャグ 当時の子はみんな 言っていた
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さらに続きはイトウさん旅ブログ 「Tibet 7 あの夜の一曲」





